2024年5月4日(土)11時40分
気温が上がりもう真夏だ。冷たい”ざる”に”パッテラ”でも食べようと新御堂を渡り、凄い行列が出来ている「亀寿司」の前を通って曽根崎お初天通り商店街角に有る昭和37年創業の「都そば」に行きました。
まだ昼前だと言うのに最後の一個、大阪名物”バッテラ”240円を取り
子供の頃は淀川河口付近でもよく釣れた”コノシロ”。少し生臭いから酢で〆て食べていた。明治24年に南船場の寿司屋さんが酢で〆た半身(フィレ)をにぎり(昔の寿司は大きかった)2つ3つに切って客に仕出した事から今でも一皿二貫で定期されている。(子供の頃は3貫だった)その半身の姿が小舟に似ている事からポルトガル語の小舟を意味する「バッテイラ=バッテラ」と名付けられそうだ。その後、大阪寿司として箱寿司の主役としてコノシロから脂が乗っている鯖に代わり、ご飯の上に鯖の薄切りの上におぼろ昆布を作る際にできる白板昆布を敷いて昆布の旨味と〆さばの旨味とシャリの旨味の三味一体で食べさせる大阪名物「バッテラ」が流行。鯖が獲れる初夏から秋にかけての庶民の押し寿司となった。ところが鯖も漁獲量が減少しておぼろ昆布を食べなくなり白板昆布も出来なくなってバッテラは今や希少品で食べられる店は少なくなりました。
“ざる”は大阪弁で関東で言う”もり”と同じですが、そばの下にざるを敷いているか?呼び名が変わる!関東では年間でもりそばを提供されますが大阪では夏の期間限定が殆どです。
大阪夏の風物詩”ざる”と”バッテラ”ランチです。